釣人が刺々しい議論を好むワケ。あるいは釣人の本当の弱さ。

どーも、ムラキです。

元釣具屋店員です。

いらっしゃいませー

 

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先日こんなツイートをした。

 

今日はこのツイートを少し深堀りながら、釣人の弱さについて語ってみたい。

 

良かったら最後までよろしくどーぞ。

 

目次

 

2人の先輩から人が求めている事を学んだ。

釣具屋時代、Yさんと、Mさんという2人の先輩スタッフがいた。

 

どちらもタイプも釣りの知識も違う人だったけど、この2人からは本当に大事な事を学んだと思っている。

 

1人ずつ紹介したい。

ズバッと意見を言い切るY先輩。

Yさんは釣り全般に詳しく勉強熱心な人。そして意見をズバッとキレよく言い切る人でもあった。

 

「それじゃ釣れませんよ」

「バラしたのはロッドじゃなくて、セッティングの問題じゃないです?」

「いや、それなら絶対にこっちを選んだ方がイイですね」

 

良くも悪くもハッキリ言い切ってしまうし、常連のお客さんの中には「オレあいつ無理」っていう人も多かった。しかし、最もお客さんから慕われて、信用されていたのもYさん。

 

しかも経営者や管理職等”太い”お客さんからの支持も多く、稼ぎ頭として仕事が出来る人だった。変に媚を売ったりゴマを擦るでもなく、理にかなった的確な意見を交わせる相手として信用されていたのかもしれない。

 

Yさんと、Yさんを慕うお客さん達を見ていて思ったのは、

 

人は意見を言ってくれる存在を求めているんだ、ということ。

 

「嫌われる勇気」という本が流行ったが、これYさんの生き方の事じゃんってオレは思った。

 

因みにオレがブログを書く上で少し意識してる人でもある。出来るだけ濁さない、場合によってはトゲを隠さない覚悟を持つ、というのはYさんから学んだ。

人の話を丁寧に聞くM先輩。

Mさんは正直メチャクチャ釣りに詳しい訳でもないし、あまりズバズバとハッキリモノを言うタイプではない。

 

その代わり、人の話を丁寧に聞くのが本当に上手い。

 

実はMさんは入社するまで釣りは殆どやったことが無い、ほぼ素人からスタートしている。だけど抱えてるお客さんの中には、トーナメントに定期的に参加する程やり込んでいる人や、経営者の人など、割と”ディープ”な人も多くいた。

 

元々営業職だったらしく、話を聞くセンスは多分そこで磨いたんだと思う。

 

Mさんは、”教えてもらうのが上手い”人だった。

 

「M君ね、あそこの磯はそれじゃ釣れないの」

「あれ使った事ないの?~だから試してみた方がイイよ」

「俺は〇〇だと思うんだよね、M君はどう思う?」

 

みたいな、むしろお客さんの方が教えてくれたり、意見を言ってくれるようなケースが多かった。

 

Yさんとは正反対だが、Mさんと慕うお客さん達を見ていて思ったのは、

 

人は自分の意見に丁寧に耳を傾けてくれる人を求めている、ということ。

 

みんな誰かの役に立ちたいし、自分の考えを聞いて欲しいという事だろう。

 

「傾聴」という言葉がビジネス書等でもたまに聞かれるけれど、ただただ人の話に耳を傾ける人というのは、それだけ貴重なんだと思う。

 

Mさんに関しては中々オレは真似できないし、後述するけど何かと刺々しい議論になりがちな釣りっていう遊びにおいては、Mさんみたいな丁寧な議論が求められるように思う。

宗教はどこにでも存在し、刺々しい宗教戦争を好む釣人。

釣具屋で沢山の釣人を毎日見てきたし、今でも釣人と話していると時々思う事がある。

 

釣人は得てして刺々しい議論が好きだな、と。

 

丁寧で、「あなたがそれを選ぶ事は大切にしたい」という前提での議論を好まないな、と。

 

オレ自身も気を付けないといけないが、正解はこっちの方だと言わんばかりに主張し合い、宗教戦争さながらの答えのない議論で相手をねじ伏せ合う釣人が多いと思う。

 

ハッキリ言って釣りは宗教だらけだし、宗教戦争は日常茶飯事だ。

 

エサ釣り教

ルアー釣り教

ダイワ教

シマノ

ベイト教

スピニング教

ショートロッド教

ロングロッド教

ハイギア教

ローギア教

遠心ブレーキ教

マグブレーキ教

右ハンドル教

左ハンドル教

金森教

松田教

 

ざっと挙げただけでも、オレが見て来た宗教信者はこれだけいる。

 

メーカー、特性、内部機構、挙句の果てには”左右”とかいう原始レベルの宗教戦争までおっ始める。

  

宗教はどこにでも発生するものだし、宗教自体は悪い事でもなければ、全ての人が刺々しい議論を好むとは言わない。

 

だけど、釣人は間違いなく苛烈な宗教戦争が好きな人種だと思う。

 

どうしてなのだろう。

分からないから宗教化する。

コラムニストの故勝谷誠彦氏が生前、「たかじんのそこまで言って委員会」でかつてこんな事を語っていた。

 

「宗教が生まれたのは、人が”死”を恐れたからだ」

 

分からない、という事を人は何より恐れる。

 

”死”という、誰も経験した事が無い、誰も知らない領域を恐れた人間が、それらしい道を作り出した結果が”宗教”なんだと思う。

 

釣りは分からない事だらけだ。自然が相手の遊びである以上、どうして釣れないのか、どうして釣れたのか魚が逐一教えてくれるわけでもないし、人間にだって完璧に分かるわけが無い。

 

先述の2人の先輩の話を挙げたのもここに行き着く。

 

人は、分からないが故に答えらしい事を導いてくれる人を求め、自分の辿り着いた答えを共有させてくれる人を求めるんだと思う。

 

釣りに限った話ではないし、別にこれが必ずしも悪いとは言えない。

 

でも釣人の場合、分からない事だらけ過ぎるのだと思う。ぶっちゃけた話、

 

”不安”

 

の2文字に、釣人の本質的な弱さは集約される気がする。

 

答えがよく分からないが故に、自分の出会った答えを守りたくて、刺々しい宗教戦争に発展しがちなのではないか?

不安を隠し合う議論より、不安を認め合う議論を。

たかが釣りでオーバーな話にも感じるかもしれませんが、釣り業界って難しい問題や議論も多過ぎるんですよ。リアルに時間が無い問題もある。

 

そんな事で刺々しい宗教戦争やってる人間が、難しい問題に適切に向き合えるの?っていうのがこの記事で言いたい事です。

 

結局のところは、分からないだらけの不安を抱えた者同士。

 

不安を隠し合った、ねじ伏せ合いの議論ではなく、不安を認め合った、弱さを共有する議論の方が楽しいし建設的なんじゃないですかね。

 

猶予が無い難しい問題こそ、そういう議論が必要だと思います。

 

「それでも良いっすよ、オレだってこんなだし」

 

っていう。

 

意見を持つのはもちろん大事。オレだってこのブログでは出来るだけ自分なりの意見や答えは濁さずに書きます。それが全てじゃないって200%分かった上で、答えとして書く。

 

オレだってアホだが、記事を書いた後に「公開する」をクリックするのには毎回勇気が要る。色んなモン麻痺させないととてもクリック出来ない時もある。何書いても誰も読んでないような個人ブログでは無くなったので。

 

少なくともオレは不安まみれのガクブルブロガーとして、それでもこう思うんだよね、っていうのをクリアにさせて声を発してるつもりです。

 

他者の声を出来るだけ聴けるようになるには、それが前提だと思うので。

おわりに

自分自身気を付けないといけない事を記事にまとめてみた。

 

ねじ伏せ合いの議論は、オレもついついやってしまうので。

 

分からない事だらけの遊びだからこそ、丁寧な議論をしたいと思います。

 

ただすまん。最後にこれだけは言わせてくれ。

 

ケイテックのブリスターパック”狂”にだけはマジ萎えるから。

 

これだけはWar Eternalだよね。

バッグの中で幅の取り方エグイよね。

スイングインパクトFATとかオカッパリの事何も考えて無いよね。

 

KEITECH(ケイテック) ルアー スイングインパクトファット4.3インチ 418 ブルーギルフラッシュ 4.3SF-418

 

以上、ムラキでした。